2007.9.26
2007年9月8日 青山月見ル君想フ
松井常松のライヴを観るのは、個人的に’95年の「BLACK AND WHITE」ツアー以来だったから、なんと12年振り。会場の「青山月見ル君ヲ想フ」のステージには大きな月が 浮かんでおり、初めて松井常松のソロ・ライヴを観た’93年クリスマスの渋谷公会堂(「Delirious Moon」ツアー)のことを思い出して、“たしかあのときは「All in the playing」で幕を上げたんだよなぁ…”とか感慨深い気持ちになった。「青山月見ル君ヲ想フ」は熱狂的なオーディエンスによって満杯であり、正直かなり手狭に思 えて仕方がない。けれど、おそらく現在の松井常松の気持ちとしては“可能な限りオーディエンスと近い距離でライヴをしたい”モードなんだろうし、背景に浮かぶ月も最 高の演出だ。これまで状況的に実現できなかったソロ・ライヴの理想型を、ソリッド・サウンズという自身のオフィスを構えたことによって遂につかめたとも言えるのかも しれない。事実、ベースからナイロン弦ギターに持ち替えて歌い、またたくさんのMCを挟む彼の表情はとても楽しそうだ。当時のツアーでここまで打ち解けていた空気感 はなかったように記憶している。
この日のライヴは最高傑作とも称される最新ソロ・アルバム『Lullaby of the Moon』のトップ・ナンバーであり、タイトル曲である「Lullaby of the Moon」でス タート。偶然にも「BLACK AND WHITE」ツアーのアンコールで最後にプレイされたのもこの曲の原曲だった「Full Moon」だったはずで、不思議にも僕の中で過去と現在 が奇麗に結びついた。続けて「春雷」「Forever」と『Lullaby of the Moon』収録曲が立て続けに演奏されたが、時折バンド・メンバーと出だしの確認を取りつつ、松井 常松によるナイロン弦ギターのソリッドなストローク・プレイを核に、稲葉智(g)、酒井麿(per)、雨宮麻未子(violin)という敏腕ミュージシャンたちが軽やかなフットワークで、透明感あふれるサウンドを色付けていく。かつてBOφWYでベーシストのトップに立った男があえてベースレス編成で歌うというトライアルは大胆にも思えるが、 彼の魅力である中低域のヴォーカリゼーションを真芯に据えたがゆえの“Nylon Nights”バンド・サウンドは、実に見事にバランスが取れており聴いていてストレス がない。アンプラグド編成といっても決して落ち着いたムードではなくて、松井常松のストロークやカッティング・プレイと酒井麿のカホーンによって紡ぎだされるグルー ヴは躍動感に満ちたものだ。不思議と低音が物足りなく感じることはない。
『Nylon Nights』シリーズを初めて聴いたときも驚いたが、数々のソロ・レパートリーの名曲が『Nylon Nights』サウンドに施されて目の前で繰り広げられていく。 「VOICE」や「Memory」などは中でも大きくリアレンジされていた曲だが、過剰なリアレンジで様変わりしているわけではなくて、とても自然体なアプローチという印象 である。そしてMCのコーナーも多めに展開される。初めてライヴを観るひと、しかもBOφWYのイメージしかないひとにはサプライズだったかもしれないけれど、とって もフレンドリーで温かみがあって、オーディエンスとのコール&レスポンスを重視したやりとりも、現在の松井常松が重要視しているライヴの要素なんだと思う。
サプライズと言えば、BOφWYのファンにとって嬉しいプレゼントだったのは、高橋まことのゲスト出演だろう。この二人が一緒のステージに上がるのは高橋まことのソロ・ライヴ以来だったという(このライヴの後、Naked Loftで行なわれた高橋まことのイヴェントでも再共演が叶った)。かつての黄金のリズム隊チームの再会はドラム とベースというかたちではなかったけれど、松井常松がナイロン弦ギターで奏でる「LIKE A CHILD」「RAIN IN MY HEART」で、高橋まことがカホーンを叩くという当然 これまでには観たことのないかたち。ただし叩くのがカホーンであっても、やはり発せられるグルーヴは高橋まことならではの性急で歯切れの良いもの。高橋まことはコー ラスもとるなどして、なんとも新鮮でホットなセッションだった。こんなスペシャルな共演劇、またいつか実現したらいいなって思う。BOφWYのレパートリーに限ること なく、新曲でのマジックも体験してみたい。
ところでこの日のライヴ、前々から『よろこびのうた』『SONG OF JOY』『月下氷人』という初期ソロ・アルバムの曲が披露されるという予告もあった。『月下氷人』 に関しては先述の「Memory」とともに「SNOW」「瞳の中のマリア」「Delirious Moon」をプレイ。特に「瞳の中のマリア」での松井常松のナイロン弦ギター・カッティング は、前半のハイライトというほどのハイテンションだった。さらなるサプライズはなんとソロ・デビュー・アルバム『よろこびのうた』の再演劇。とりわけ『よろこびの うた』『SONG OF JOY』が契機となって、ニューウェーヴ/U.K.インディ/ワールド・ミュージック系の音楽に魅せられたファンにとっては、この時代の曲が披露されたと いうのは大事件である。ゲスト・ヴォーカリストにDACHICOこと千田真友美嬢を迎えてのコーナーでは、以前のライヴで『SONG OF JOY』収録の「CHRISTMAS IS HERE」が 披露されたことはあるのだけれど、今回のようにどっぷり『よろこびのうた』というのは史上初の試み。ややハスキー・ヴォイスでの親近感あるトークですでにお馴染み の彼女だが、いきなり「ALL LINED UP」でファルセットを駆使したシルキーなヴォーカルを聴かせたから驚きである。しかも『よろこびのうた』でのアネリーの歌声のエッ センスが見事に再現されていた!
『よろこびのうた』『SONG OF JOY』の構築された世界観の再現をほとんど不可能に思っていたひとは多いだろうが、この日ほかに披 露された「ANY OF THE MANY」「SILVERY WHITE GODDESS」含めて、あの『よろこびのうた』の音世界そのまんまだったのである。また『SONG OF JOY』収録曲であり、記 念すべきソロ・ファースト・シングルでもあった「TEARS」もプレイ。こちらも気品あふれる流麗な歌いっぷりが非常にハマっていた。松井常松も演奏後のMCで 「DACHICOって凄いでしょう?」って得意げな面持ちで話していたけれど、これぞまさに松井常松のソロ・ワークの過去-現在-未来が一直線で繋がった瞬間だった。彼の 未来を提示した最新作『Lullaby of the Moon』で美しいコーラスを聴かせたのもDACHICOであり、その彼女が現在のものとして松井常松のソロ・ワークの原点を再 現させたマジック…こんな奇蹟が起きるだなんて誰が予想できただろう?
本編最後に演奏されたのは「SHADOW OF THE MOON」。当時シングル・リリースされたときは、自作曲ではなくて尾崎亜美のリメイク曲だったことに面食らったものだが、 尾崎亜美のコーラス・バッキングとともに、あえて打ち込みのシンセ・ベース、そしてダンスビート・トラックで具現化されたこの曲(今でいうR&B系のトラック)は、 ヴォーカリスト・松井常松を打ち出した勝負曲だった。彼のソフトなヴォーカルの魅力に気づく契機となったこの一曲が、大きな月が浮かぶステージでプレイされたのに も大きな意味合いがあったように感じる。とりわけ現在の松井常松ならではの眩いポップ・マジックという意味では、アンコールで演奏された「世界は光に満ちあふれてる」 も圧巻だった。等身大で描かれたユーモアたっぷりの詞世界と、明日への希望を肩の力を抜いて歌い上げたメッセージ・ソング。自然と手拍子が鳴りはじめるグルーヴ感 をともなったこの曲は、今後ライヴの定番として永らく歌い継がれる曲ではないだろうか?
この日のライヴは松井常松の誕生日ということもあって、ケーキが出てきたり、みんなでバースデイ・ソングを歌ったりする感動的な場面が幾つもあり、振り返ると “やっぱり運命的な瞬間にいたんだなぁ”って強く思う。アンコールでは弾き語りで新曲も披露されたのだけれど、1コーラスを歌いあげた後はさすがの松井常松も男泣 き…。でもそんなドラマの数々もアットホームなムードでプレイできるライヴハウスの空間だからこそ起こり得たハプニングだったのかもしれない。
12月22日には舞浜Club IKSPIARI」にて、昨年に引き続きクリスマス・ライヴも開催決定している。まだ生の松井常松の歌声に触れたことがないひとは駆け付けてほし い。「CHRISTMAS IS HERE」が今年も聴けるかな?
Text by KAZUTAKA KITAMURA(Player)
http://www.player.jp/